うつろあくたのペテンが心を打つ理由〜「わたしのすきな、シュート彦」〜

今日は非常に嬉しい知らせがありました。

うつろあくたの新作! 最近のご本人のツイートからは絶望的とも思えただけに、嬉しくてなりません。

嬉しさのあまり昨年末のコミックマーケット85で発行したペーパーに載せた、氏に関する文章を再掲します。元々公開するつもりではあったのですが、延び延びになっていましたし良いタイミングなので。幾つかの作品について少しネタバレがありますが、なにぶん古いし入手困難な作品のものもあるので、ご了承ください。
日頃元長柾木の話ばかりしている(しかもはてなではなくほとんどがTwitterですが)我が身ですが、うつろあくたも大好きな物語の紡ぎ手の一人であります。魅力が少しでも伝わればいいのですが。

余談ではありますが、今夏こそ発行予定の元長柾木ファンブック『THE ADVENT』には「わたしのすきな、もとながまさき」という企画があります。元長柾木の魅力を様々な人に語って頂くという企画で、既に熱の篭もった原稿を多数頂いています。「わたしのすきな、シュート彦」はそのサンプル版とお考えください。ファンブックもよろしくね、と宣伝宣伝。

わたしのすきな、シュート彦

個人的な経験談になるが『sense off』で筆者が最も衝撃を受けた存在は飛鳥井慧子だった。メインヒロインたちの観念的・思弁的なシナリオにも随分驚かされたものだが、脳髄が水槽に浮かんでいるビジュアルの衝撃はそれらを更に上回るものであった。プレイ済みの皆様にはきっと納得して頂けることと思う。エロゲーはなんと自由な表現の場なのだろう、と当時は感銘を受けたものだ。今思い返してみればあれが元長柾木に心酔する大きなきっかけだったような気がする。
しかしながらここに大きな落とし穴があった。サブキャラクターである塔馬依子と飛鳥井慧子のシナリオはシュート彦なる人物が担当していたのである。今となっては『sense off』以後の元長作品にも触れ続けたわけで、元長柾木ファンであることは揺るがぬ事実ではあるが、筆者があの瞬間心奪われたのはシュート彦、ということになるのではないだろうか。このシュート彦、またの名をうつろあくたと言う。そう、プリンセスブライドをはじめ13cmや130cmのゲームで元長と共作しているシナリオライターその人である。そうなってくると話は別だ。うつろあくたもまた元長柾木とは違った魅力で筆者を捕らえて離さないからだ。
うつろあくた作品について注目してほしいのは、登場人物たちへの、そして物語への誠実さだ。時に彼の作品のヒロインたちは過酷な運命を背負うこととなる。そこには安易なハッピーエンドは存在しない。だが『ネコっかわいがり!』のアリスにせよ『僕は天使じゃないよ』の柘榴にせよ『虜ノ姫』のヒルダにせよ、彼女たちが物語の中で最も輝く一瞬をうつろあくたは切り取ってみせる。
優作の意志を継ぎ、世界を救うために愛する人が眠る箱庭から旅立ったアリス。
行く当てもなくさまよう雪原の中、死にゆく市蔵と心通わせ、失われていたものを取り戻す柘榴。
失われていた感情を取り戻すと同時に、これまでにない絶望を抱えながら死よりも過酷な運命へと飲み込まれてゆくヒルダ。
そこにあるのは極上のカタルシスだ。
本来、ネコ耳少女たちとエッチな日常を過ごすゲームでもエロゲーとしては成立したはずの『ネコっかわいがり!』だが、うつろあくたはネコ耳が物語の中に存在する必然性を自らに問いかけ、ついには独自の世界を作り出した。
そして彼は我々にこう呼びかける。

あれはそんなお話だったのです。
精一杯の誠意で作られたペテンです。
どうかだまされたフリをしてください。
(『WHAT A WONDERFUL WORLD』 なかがき ネコかわ誕生の真相より)

うつろあくたは物語の嘘から逃げない。嘘を吐く覚悟を胸に抱き、彼の子供たちへ惜しみなく愛情を注ぎ、物語を紡ぐのだ。

どうかあなたも、だまされて欲しい。フリだけでもいいから。